小説5 清水1

よく寝る子だなぁ・・・。
私は隣の席に来た転入生の寝顔を盗み見るようにして、そう思った。今は4時間目の最中だけど、転入生が起きていたのは1時間目の途中までで、後は休み時間もずっと寝たままだった。
転校初日なのに・・・。ちょっと変わってるかも。でもとってもいい子そう。自己紹介のときもニコニコしてたし、それになんだか優しそうだし。あっ、寝てる時まで笑ってる。ふふっ、おかしい。・・・この子だったら私の友達になってくれるかなぁ?
「しーみハームちゃーん。なーにをボサッとしてるのかな?」
しまった―――。
私はその声を聞いて、そう思う。転入生の寝顔を見て、ぼんやりしている間に4時間目が終わってしまっていたことに気づかなかったようだ。私が声のするほうへ体を向けると、矢口さんが腕を組んで、睨むように私を見下ろしていた。その後ろには保田さんと飯田さんが立っていた。
「あっ、うん。ごめんなさい。すぐ行くから。今日は何にする?」
私はそう言いながら、机の中から手帳を出してメモの準備をする。そして3人から、次々に言われる言葉を間違えないように懸命にメモをする。
「いつものやつも忘れんなよ」
「うん、わかってる。熊井さんには『焼きそばランド』だよね」
私はそう言って、教室の廊下側、一番後ろの席に座っている熊井さんをチラリと見る。熊井さんは授業中でもないのに、まっすぐ前を見て姿勢よく座っていた。
「一つでも買えなかったらわかってるね?」
「うん、大丈夫。じゃあちょっと待っててね」
私はそう言って、教室から勢いよく出て行った。




―――そう。私はいじめられていた。私は矢口さんたちに、お昼の買出し、掃除当番の押し付け、宿題の代筆、と様々なことをやらされている。いじめグループのリーダーは熊井さん。クラスの人たちは、たぶん彼女を怖い人だと思ってるだろう。でも私の考えは違う。私は熊井さんが悪い人には思えない。
・・・いじめられてる本人が言うのも変な話だけど。
そんなことを考えてる間に購買に到着する。売り場はすでに人でごった返していた。私は体の小ささを活かして、なんとか潜り込もうとするが逆に弾き飛ばされてしまう。それでも私は懸命に立ち向かい、苦労の末、ようやくメモに書かれたものを購入し終えた。しかし肝心の『焼きそばランド』が買えなかった。
ちなみに、この『焼きそばランド』というのは、私立波路羽学園購買のスペシャルメニューだ。通常の焼きそばパンの約3倍の大きさのわりに値段はリーズナブルなので、体育会系男子が好んで買うようだ。そして熊井さんのお昼は、いつも決まって『焼きそばランド』だった。
怒られる・・・よね・・・。
私は代わりに買った普通の焼きそばパンを見つめて、ため息をついてから、また走って教室へと向かった。




教室に着くなり、矢口さんの苛立った声が響く。
「遅いぞ!!ハムスターなんだから、もっと早く動け。このグズ!!」
「・・・ごめんなさい」
私はそう言いながら、注文された品が入っている袋を矢口さんへと手渡す。奪い取るように袋を受け取った矢口さんは、中身を見て声を上げる。
「あっ!!あんた、熊井さんのがないじゃん!!」
「ごめんなさい!!売り切れちゃってて・・・、一生懸命頑張ったんだけど―――」
私は頭を下げて必死に謝るが、矢口さんは聞く耳を持たない様子で
「言い訳すんな!!ちょっと来い!!」
と言って、私の腕を掴み引っ張っていく。それに合わせて保田さんと飯田さんも付いて来て、私は囲まれるようにして教室の外へと連れ出された。