小説26 夏焼4

放課後、私は屋上で一人、昼間のことを思い出していた。清水に言った、あの言葉を。
「夏焼さん、ありがとう」
私の言葉を聞いた清水はそれだけ言うと、その後はずっと泣いていた。別に感謝されるようなことは言ってない。思ったことを口にしただけだ。
それにしても・・・、なんであんなに熱くなっちゃったんだろ?思い出すとチョイ恥ずかしいね。でも・・・。
「ありがとう、か・・・。久しぶりに言われた言葉だな」
私はそんなことを呟いていた。と、そこで数人の女が屋上に出るドアを開け、私のほうへと歩いてきた。矢口を先頭に他2名。その後ろに熊井もいる。私が今日、屋上にいる理由は景色を見るためでなく、こいつらに呼び出されたからだ。知らんフリをしてもよかったけど、言われたとおり私はやってきていた。昼間のことが、清水のことが頭にあったのかもしれない。
まあ逃げたと思われんのもシャクだしね。
「あんた、あんまり調子に乗ってんじゃないわよ!!」
矢口は私の前に立つとそう言った。今日は熊井がいるからか、えらく威勢がよかった。
「調子に乗ってたらどうだっての?」
私は一歩も引かず、矢口たちを睨みつけてそう言う。それだけであっさりとビビッた矢口たちは、熊井のほうを振り返る。
ふん、熊井さんお願いしますー、ってか。
熊井は相変わらずの無表情で直立している。そして矢口たちと私を一瞥してから口を開く。
「帰る」
熊井はそれだけ言うと、くるりと回れ右をして、屋上のドアに向かって歩き始めた。私も矢口たちも、あっけにとられてしばらく動けなかったが、熊井が屋上のドアに手をかけたところで、矢口たちは思い出したかのように熊井の元へ駆け寄る。
「そんな、熊井さん!!頼んだじゃないですか」
「・・・悪い」
「熊井さんも夏焼のやつがムカつくんでしょ!?やっちまいましょうよ!!」
「・・・矢口たちの好きなようにしたらいい。私は止めない」
「だったら手伝って下さいよ!!」
「・・・喧嘩に空手は使えない。悪い」
熊井はそう言って、ドアの中へと消えていった。
なんだありゃ?よく分らんやつだ。まあいいや、私のやることに変わりはないし。
「・・・んで、どうすんだ?」
私の声を聞いて、再びビビる矢口たち。明らかに戦意喪失だった。でもそんなのは私には関係ないことだった。